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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和34年(ワ)8号 判決

原告(反訴被告) 日鉄鉱業株式会社

被告(反訴原告) 富高貢

主文

被告は原告に対し別紙目録記載の家屋を明渡さなければならない。

反訴原告(被告)の反訴請求はこれを棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じ被告(反訴原告)の負担とする。

この判決は原告において金三万円の担保を供するときは第一項に限り仮に執行することができる。

被告において金五万円の担保を供するときは前項の仮執行を免れることができる。

事実

原告(反訴被告、以下単に原告という)訴訟代理人は本訴につき被告(反訴原告、以下単に被告という)は原告に対し別紙目録記載の家屋を明渡さなければならない。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を反訴につき、被告の請求を棄却するとの判決を、それぞれ求め本訴の請求原因並びに反訴の答弁として原告会社は肩書地に本店を置き、福岡県嘉穂那穂波町大字枝国六百六十六番地の十七に二瀬鉱業所を設け、石炭採掘及びこれに附帯する業務を営むもの、被告は昭和二十四年九月四日右鉱業所の従業員として雇傭されたものであるが、原告会社は被告に対し雇傭期間中に限り居住させる約で別紙目録記載の家屋を貸与した。ところで被告は昭和三十二年十月十二日次の事情で退職した。即ち被告は同年八月二十二日二瀬鉱業所潤野鉱社宅通路上において、些細なことから同鉱々員訴外西村日出丸の顔面を殴打し、よつて同人に対し同部位に治療期間約一ケ月を要する傷害を負わせたため、その頃起訴され飯塚簡易裁判所で罰金五千円に処せられたので、潤野鉱の支部賞罰委員会が、被告の処分について審議した結果、被告の右所為は同鉱業所就業規則第九十九条第九号に規定する「罰金以上の刑に処せらるべき犯罪を犯したとき」は「懲戒解雇に処する」に該当するため、懲戒解雇が相当であると裁定しその旨を被告に通知したが、二瀬鉱業所長は同委員会組合側委員並びに組合幹部より、被告の将来並びに家庭の事情などの点からみて被告に自発的に退職させるような処置をとられたいとの要請を受けたため、右要請を容れて被告が自発的に退職するならば必ずしも懲戒解雇処分にしないことにし同年十月十二日労務係長を通じ被告に対し所長の右意向を伝えた。而して被告は右労務係長に対し右賞罰委員会の裁定に服し異議申立をしない旨表明したが、同日原告会社に対し退職願を提出したので原告会社はこれを受理し同月二十四日被告に退職金を支給した。かくの如く原告会社と被告との雇傭関係は合意解約により終了し、従つてこれと同時に、本件家屋の貸借契約は約旨に従い終了した。そこで原告は被告に対し右家屋の明渡を求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告主張の事実を否認した。(立証省略)

被告訴訟代理人は、本訴につき原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決並びに担保を条件とする仮執行免脱の宣言を、反訴につき原告会社は被告が原告会社の従業員であることを確認する。原告は被告に対し金七万九千五百円を支払わなければならない。反訴の費用は原告の負担とするとの判決をそれぞれ求め、本訴の答弁として原告主張の事実中、原告会社が肩書地に本店を置き、原告主張の場所に二瀬鉱業所を設け、石炭採掘及びこれに附帯する業務を営んでいること、被告が右鉱業所の従業員であつたこと被告は原告会社より、被告が雇傭されている期間に限り居住する約で原告主張の家屋を借り受け、現に右家屋に居住していること、被告が訴外西村日出丸を殴打したこと、は何れもこれを認めるが、その余の事実は否認する。原告会社は被告を解雇処分に付したものであるところ右処分は次に述べる理由によつて無効であるから、被告は現在なお原告会社の従業員としての地位を有するものである。即ち被告は共産党員であるばかりでなく、昭和二十八年以降二瀬労働組合潤野支部委員、右労働組合本部委員、職場協議会副会長、同支部職場委員並びに賞罰委員など組合役員を歴任し、昭和二十八年六月日給夫の基準外賃金の切下げに端を発した従業員七名の解雇反対闘争において、指導的活動をなし、昭和二十九年第一次企業整備反対闘争において潤野支部委員として活動し、昭和三十年の労働協約締結闘争、第二次企業整備反対闘争、昭和三十二年の賃金闘争、就業規則改悪反対闘争において活発な活動をなし、その他職場において労働条件の向上を図るため、組合員の先頭にたち、原告会社に種々の要求をしたため、原告会社は被告を解雇する機会をまつていたところ、昭和三十二年八月二十二日二瀬鉱業所潤野鉱の社宅通路上で、たまたま被告が訴外西村日出丸と出会つた際、二瀬労働組合潤野支部の生産部員の補欠選挙で、右西村が選挙管理委員長として立候補手続上不正な処置をとつたことについて、同人に質問したところ、西村がかえつて挑発的態度にでたので、被告が二、三回殴打したことがあり、原告会社はこれを口実として被告を解雇したものである、而して

(一)  原告会社は実質上は曩に述べた事由で解雇したのであるから右解雇は被告をその信条によつて差別待遇したもので、均等待遇の原則を宣言した労働基準法第三条の規定に違反し無効である。

(二)  仮にそうでないとしても右解雇は被告が労働組合の組合員であることないし労働組合の正当な行為をしたことの故をもつてしたもので不当労働行為であるから労働組合法第七条第一号の規定に違反し無効である。

(三)  仮に被告が前記暴行をしたことを事由として懲戒解雇したのであれば、右処分は著しく過酷に失し、社会的妥当性を欠くから、解雇権の濫用であつて、無効である。

と述べ、抗弁として仮に被告が自発的に退職願を提出したとしても、

(イ)  被告は原告会社が仕事を与えず、賃金を支払わないので、生活上の窮迫から退職金を受領するための手段として退職願を提出したに過ぎず、原告会社に対し真に雇傭関係を合意解約する趣旨でしたのではなく、退職金も賃金の一部として受領したもので、このことは右退職願を提出する際、原告会社の係員に申向けていた。従つて被告の右意思表示は真実に非ざる意思表示であつて、相手方たる原告会社は被告の真意を知つていたものであるから、無効である。

(ロ)  仮にそうでないとしても、右退職願の提出は、原告会社が任意退職の形式をとるため、被告に要請してなさしめたもので、通謀虚偽表示であるから無効である。

(ハ)  仮にそうでないとしても、退職願は原告会社が被告を強迫して提出させたのであるから、被告は昭和三十三年十二月二十三日の本訴口頭弁論期日において原告に対し右意思表示を取消す旨の意思表示をした。

従つて被告は今なお原告会社の従業員としての地位を有し、本件家屋の貸借関係も存続しているわけであるから、原告の本訴請求に応じ難いと述べ、

反訴請求の原因として被告は前述の通り原告会社二瀬鉱業所の従業員として勤務していたところ、原告会社に解雇されたが、右解雇が無効であることは本訴における答弁において主張した通りであり、仮に右主張が理由のないものであるとしても同じく抗弁として主張した理由により被告はいまなお原告会社の従業員としての地位を有するものである。而して被告は原告に対し終始労務を提供していたのに拘らず原告会社がこれを受領しなかつたのであるから原告は被告に対しその間の賃金を支払う義務があるところ、被告の昭和三十二年十月頃における平均賃金は月額二万六千五百円であつたから、原告は被告に対し、右時期から本訴提起の前月である昭和三十三年十一月までの賃金として少くとも金三十五万円の支払義務がある。よつて被告は原告に対し、被告が原告会社の従業員であることの確認を求めるとともに未払賃金の内三ケ月分の賃金である金七万九千五百円の支払いを求めるため反訴請求に及ぶと述べた。(立証省略)

理由

第一、本訴について

原告会社が肩書地に本店を置き、福岡県嘉穂郡穂波町大字枝国六百六十六番地の十七に二瀬鉱業所を設け、石炭採掘並びにこれに附帯する業務を営んでいること、被告が右鉱業所の従業員として雇傭されていたことは当事者間に争がなく、証人力武明の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証の二、同第二号証の二の各記載によれば被告が原告会社に雇傭されて従業員となつたのは昭和二十四年九月四日であつたことが認められる。而して原告会社が被告に対し、雇傭期間中に限り居住させる約で原告主張の家屋を貸与したことは当事者間に争がない。

原告は原被告間の雇傭関係は合意解約により終了したと主張するので、先づこの点について按ずるに、前顕甲第一号証の二、同二号証の二、証人中野凡夫(第二回)の証言により真正に成立したものと認められる甲第三証号証の一、二、同第四号証、同第五号証の一、二第三者の作成にかかり真正に成立したものと認められる甲第六号証、公文書であつて真正に成立したものと認められる同第七号証の各記載に証人西川誠意、松村幸之助(いずれも後記措信しない点を除く)中野凡夫(第二回)力武明、松尾成実の各証言を綜合すれば、被告は昭和三十二年八月二十二日午後六時三十分頃、福岡県嘉穂郡鎮西村大字潤野潤野鉱、山の神前道路上で、訴外西村日出丸と出会つた際、同人に対し、その頃行われた二瀬労働組合潤野支部の生産部員の選挙において西村が選挙管理委員長として、訴外立野光雄の立候補届出でを、その締切時間経過後に受理したのは違法ではないかと詰問した上、手拳でその顔面等を数回殴打し、よつて同人に対し治療約五日間を要する顔面打撲傷(左眼結膜下出血)及び治療約一ケ月を要する左眼中心性網膜炎の傷害を負わしめたこと、被告は同年九月十日飯塚簡易裁判所で右傷害罪により罰金五千円に処せられたこと、更に鉱員(支部)賞罰委員会はこれに対する被告の処分について慎重な審議を重ねた結果、被告の右所為は鉱員就業規則第九十九条第九号の「罰金以上の刑に処せらるべき犯罪を犯したとき」は「懲戒解雇に処する」という規定に該当するのみならず、被告は他に過去において三、四件の暴行罪を犯していることを伴せ考えると酌量の余地のないものとして被告を懲戒解雇処分にするのが相当であると裁定したこと、賞罰委員長である訴外中野凡夫が右裁定の結果を二瀬鉱業所長に報告したところ、同所長は同委員会組合側委員並びに組合幹部からの要請もあつたため、被告の利益のために、被告が自発的に退職すれば懲戒解雇にはしないこととし、同所長の命を受けた労務係長訴外中野凡夫がこの旨を被告に伝えたところ、被告もこれを了承し、昭和三十二年十月十二日原告会社に対し、何等の異議をとどめることなく退職願を提出したので原告会社はこれを受理したこと、被告は、同月二十四日と、同年十一月十三日の二回に亘り原告会社の支給する退職金を異議をとどめないで受領したことが認められる。証人西川誠意、松村幸之助の証言中前認定に反する部分はこれを措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。然らば原被告間の雇傭関係は合意解約により終了したものといわなければならない。

被告主張の抗弁につき判断するのに、

(イ)  被告は退職願の提出即ち雇傭関係の解約についての被告の意思表示は、真意にあらざる意思表示である旨主張するけども、かかる事実を認めるに足る証拠はない。証人中野凡夫(第二回)の証言により真正に成立したものと認められる甲第五号証の一の記載によれば、被告会社の鉱員の表彰及び懲戒に関し審議裁定をする権限を有する機関として鉱員賞罰委員会があり、右委員会には中央賞罰委員会並びに支部賞罰委員会の二種があつて、前者は本部に後者は各鉱に置かれているものであるが、鉱員賞罰委員会規則第三条第二項には支部委員会の裁定に不服があるときは申渡後五日以内に当該本人から中央賞罰委員会の審議を要請することができる旨規定されていることが認められるところ、証人中野凡夫(第二回)の証言によれば、被告は支部賞罰委員会における裁定の申渡後、潤野坑の労務係長であり且つ支部賞罰委員長である訴外中野凡夫に対し、右裁定に異議のないことを表明し、中央賞罰委員会に対し異議の申立をする意思がなく、むしろ任意退職となることを希望していたことが認められるのみならず、本訴が昭和三十三年九月十八日提起されたのに対し、被告は同年十一月十五日の飯塚簡易裁判所における第三回口頭弁論期日においてはじめて解雇無効の主張をなし、つづいて同年十二月二十八日に至つて反訴を提起して従業員としての地位確認等の請求をした(本件は後に至つて当庁に移送された)事実並びに前段認定の事実特に異議をとどめないで退職金を受領している事実に徴すれば、被告は退職願を提出する当時においては真に雇傭関係を合意解約するという意思をもつていたものと認めるのが相当である。よつて被告の右主張は理由がない。

(ロ)  次に被告は右合意解約の意思表示は、原告会社と被告との通謀による虚偽表示であると主張するけれども、原告会社が被告との雇傭関係を直に終了させる意思を有していたことは前段認定の事実から明かであり、被告の真意が前認定の通りであつたとすれば、被告の右主張の理由のないことは明かである。

(ハ)  更に被告は右合意解約に関する被告の意思表示は原告会社の強迫によるものであると主張するけれども、原告会社が被告を強迫した事実はこれを認めるに足る証拠がない。なるほど被告が一個の労働者として使用者たる原告会社に比し極めて劣弱な経済的地位にあることは容易に首肯できるところであるけれども、このことから直ちに原告会社が被告を強迫して退職願を提出させたものと見ることはできないのみならず、中野凡夫(第二回)の証言によれば、原告会社は、被告が支部賞罰委員会の裁定につき、中央賞罰委員会に異議の申立をするか否かの真意を確かめたことが認められ、これに対し被告が右裁定に服し、異議申立をする意向のないことを表明したので、被告が欲するならば任意退職の方法により雇傭関係を合意解約してもよいとの意向を伝えたところ、被告は任意退職を希望して、退職願を提出するに至つたことは前認定の通りであるから、その間原告に強迫行為があつたものということはできない。そこで被告の右主張も亦採用に値しない。

被告が原告会社から雇傭期間中に限り居住する約で原告主張の家屋を借受けたことは前段認定の通りであるところ証人中野凡夫(第一回)の証言によれば、右家屋は原告会社の社宅であつて、原被告間の貸借契約は無償であつたことが認められるから、右契約は使用貸借契約であつたものと見るべく被告が現に右家屋に居住していることは被告の自認するところであるが、被告が原告会社の従業員たる地位を失つた以上、原被告間の右家屋についての貸借契約は約旨に従い終了し被告は原告会社に対して右家屋を明渡す義務があるものといわなければならない。

第二、反訴について

被告は原告会社が被告が共産党員であることないし組合役員であり、組合運動をしたことを理由に解雇したのであるから、右処分は無効である旨主張するのでこの点について判断するに、証人松村幸之助、西川誠意、松尾成実の各証言を綜合すれば、被告は共産党員であり、昭和二十八年より昭和三十二年に至る間二瀬労働組合潤野支部委員、右労働組合本部委員、職場委員等を歴任し、潤野鉱における機械夫七名の解雇反対闘争、二回に亘る企業整備反対闘争、賃金値上げ闘争等で指導的な活動をなし、その他保安確保、歩建、昇坑時間等の問題で労働条件をよくするため職場活動をしたこと、そのために被告は労働条件のよくない職場に配置転換をさせられたことが認められるけれども原被告間の雇傭関係が前認定の通りの経緯により合意解約により終了したものである以上、原告会社が被告を解雇処分に付したことを前提とする被告の(一)乃至(三)の主張の理由のないものであることは明らかである。次に被告の(イ)乃至(ハ)の主張の理由のないことは本訴につき判断するに当つて示した理由により明かである。然らば原告に対し従業員たる地位の確認並びにこれを前提とし賃金の支払いを求める被告の反訴請求は、爾余の争点にわたる判断を俟つまでもなく、いずれも理由のないものといわなければならない。よつて原告の本訴請永は理由のあるものとしてこれを認容し、被告の反訴請求は失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言並びにその免脱の宣言につき同法第百九十六条第一乃至第三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川淵幸雄 小出吉次 岡崎永年)

(別紙)

物件目録

福岡県嘉穂郡鎮西村大字潤野八番地

一、木造瓦葺平家建社宅 一棟(三戸建)

建坪 三十八坪二合五勺

右のうち南南東側より三軒目一戸、社宅番号潤野鉱社宅第六十六号第三舎

建坪 十二坪七合五勺

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